旅 < 袋田→八幡屋→大内宿→大洗 >

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かってのスキー仲間と、気ままな小旅行・・・

3人の普段の行いが良かったのか? 

晴天に恵まれ、 気温も、 28 ~ 30℃ と過ごしやすく願ってもない絶好の旅となりました。

袋田の滝へ向かう入り口付近で、生鮎を売りにする店を見つけ入店しました。

店内は、骨董市のように様々なものが並べられ、扱うメニューにも珍しいものばかり・・・店主の拘りと野趣にあふれた雰囲気が一興です。

イワナの塩焼と、アユの刺身を注文したのですが、アユ刺は主人が急用で出かけていて出来ないとのこと・・・残念でしたが、代わりに注文した「山菜の天ぷら」を食べているうちに、ご帰還されたらしく“アユ刺”を頂戴することが出来ました。

それは

今、さばいた事が良く分かる新鮮さfish 正に絶品でしたshine

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宿泊した

母畑温泉の「八幡屋」は、昭和 20年からの営業とありましたが、リニューアル・オープンで、ご覧のような和を基調にした作り・・・天井の風車と、床のカーペットの風車模様が印象的です。(何故、風車なのか? その理由を聞くのを忘れました。)

リーズナブルな料金と、バイキング形式の朝夕食は、やはり人気らしく、平日にもかかわらず大勢の利用者がありました。(平日・休日、それぞれに、宿泊客の為のイベントが考えられているようです。)

温泉は

弱アルカリ性で露天風呂も熱めと、長湯が出来る適温とがあり、また、サウナの他に岩盤浴も利用可能で、温泉好きにはたまらないものばかりだと思います。

私は、長風呂は苦手なので“カラスの行水”でした。

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八幡屋からは、凡そ 2時間ほどですが、昼食も兼ねて、「大内宿」へ足を延ばしました。

ここも人気スポットのようで、東京・神奈川・千葉・埼玉などからマイカーで訪れる客で賑わっていました。ただ、中の整備は、未だ、これからという印象を持ちます。

茅葺屋根の民家が並ぶ風景は、日本の滑らかな曲線を持つ山々と良く合い、色彩的にも美しく思えました。茅葺を美しく感じたのは、初めてかもしれません。

屋内に入れば、冷房を使うまでもなく夏涼しく、逆に冬は、囲炉裏で暖を取り温かい・・・古人は、自然に適したエコな暮らしぶりだったんだと再認識です。

http://kazunaga-nakashima.la.coocan.jp

中島和長のアートスタジオ 2017年 ガリレオ ガリレイ国際賞 18年 ~ 08年 Art Capital サロン・デッサン (パリ - グランパレ) 17年 F.W.A.F. 16年 15年 Art Expo ローマ 15年 NY Art Expo SAM 14年 ~ 11年(パリ ジヴェルニーなど) 02年 ~ 2000年 現代美術小品展(プジョー文化セ ンター ル・カルドール画廊など) 1999年 NY, 98年 パリ,  86年 ニース個展。 受賞15  個展21

(スマホ用) http://kazunaga-nakashima.jp

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絶好の

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絶好のスキー日和でした。

前夜に積雪があり、気温は -4℃、ごらんのような晴天・・・これまでで最高のコンディションだったかもしれません。

最初、3段目のスロープで、コース外を滑走していることに気づかず、“ここは、非圧雪コースなんだ?!” と思っていました。

しばらく、滑った後で、手前に整備されたコースがあることが分かり、足が楽になりました。

平日で、ゲレンデは空いていたため、スピードを気にすることも、前の滑走者に気づかいすることも、ほとんど無かったので思う存分楽しめました。

3段のコースをノンストップで、リフトの終了時間まで滑っていたのですが、終了間際になると、気づけば滑るのは私1人だけ・・・一瞬不安になりましたが、スピードの誘惑に、それも消え・・・

最高・リフレッシュな1日になりました。

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中島和長のアートスタジオ 2015年 ~ 08年 Art Capital (サロン・デッサン招待 パリ - グランパレ) 15年 NY art expo 15年 Art Expo ローマ SAM 14年 ~ 11年(パリ ジヴェルニーなど) 02年 ~ 2000年 現代美術小品展(プジョー文化センター ル・カルドール画廊など) 1999年 NY個展 1998年 パリ個展  1986年 ニース個展


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鳴子峡

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たまたま行ったスキーツアーで知りあい・・・以来、数十年・・・

親しい友である Aさんからの誘いを受け、紅葉を見に出かけました。

直前で、日程を1日繰り延べたのが大正解!晴天に恵まれた良い旅になりました。

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北上川と最上川の源流の1つ、その分水嶺が、宿泊のお世話になった Aさんの友人宅の近くに・・・

ちょっと、見聞を広げた後は、温泉三昧

湯温の高めな鳴子温泉の“滝の湯”に入ると、前日が運動会で休みだったのか?地元の小学生6人組が入ってきて、リーダーらしき男子が、「いいか!男なら、最初は熱い湯から入るんだぞ!」と入浴指南・・・他の男子は、「はい!」と、これまた良い返事を返しています。

山形の銀山温泉へ向かう途中で、有名な蕎麦屋に入ったのですが、そこで“蕎麦”を注文したのは私達だけ、他の人たちは当然のようにラーメンを注文しています。山形は、ラーメンの消費量の多いところなので、蕎麦屋でラーメンを提供するのは当たり前らしいのです。

帰りは、松島へ向かい、少し遅めの昼食は、美味な“かき丼”を味わい、夜10時に帰着しました。

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中島和長のアートスタジオ 2014年 13年 12年 11年 10年 09年 08年 Art en Capital (サロン・デッサン招待 パリ - グランパレ) SAM 14年 ~ 11年(パリ ジヴェルニーなど) 現代美術小品展(プジョー文化センター ル・カルドール画廊など) 1999年 NY個展 1998年 パリ個展  1986年 ニース個展

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観察力と、ひらめき

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「あの足跡って、何でしょう?分かりますか?」

リフトに乗っている時、視線をゲレンデ外側の斜面へ向けていた彼女に、そう尋ねられました。

「・・・」

「ウサギよりも、大きいですよね?」

「シカかな?」

「肉球が見えるから、シカではないと思いますよ。」

言われてみれば、蹄の跡ではありません。「あぁ、確かに・・・キツネとかイタチの類でしょうか?ね?」

リフトで上るうちに、彼女は、さらに、それよりも大きな動物の足跡を見つけました。

「クマですか?こんなに早く冬眠から覚めるんでしょうか?」

私も、この時期、こんなに大きな動物の足跡は見た経験がありません。今年の豪雪で、冬眠中のクマも、オチオチ寝ていられなくなったのでしょうか?彼女が言う、クマ以外の動物をイメージすることは出来ませんでした。

「僕よりも、観察力があるし、いいインスピレーション持っているから、Tさんとアーティスト交代しましょうかscissors

彼女からは、学ぶことが多く、2人で話していると、いつも時間を忘れてしまいます。

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中島和長のアートスタジオ 2012年 11年 10年 09年 08年アール アン キャピタル(サロン・デッサン招待 パリ - グランパレ) 現代美術小品展(プジョー文化センター ル・カルドール画廊など) 1999年 NY 個展 1998年 パリ個展

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海外での単独行動

私の場合、本当に運が良かったとしか思えないのです。

20数年前に、初めて訪れたフランス・ニースで、偶然にも、当地で暮らす高校時代のクラスメートと出会い、ヨーロッパの鉄道旅行に関して、彼のアドバイスを聞くことが出来たというのは、今考えても、幸運以外の何物でもなかったように思えます。

その日、私の当初の予定は、夜行列車で10時間余りをかけてニースからスイス・ジュネーブへ抜け、翌朝からジュネーブ観光をするという、一見効率的なものだったのですが、この私のプランを聞くなり、彼は強く反対したのです。

その言い方は、少し大げさ過ぎないか?!と思えるほどでした。

彼は真剣で、夜行列車では頻繁に事件が起きていることを、私が理解しやすいように丁寧に説明してくれたのです。一例として、コンバートメントに催涙スプレーを噴霧され、眠らされている間に金品を全て盗まれるケースがあること、日本人は現金を持っているので乗車したら必ずマークされることも教えてくれました。

「スイスへは、明日の飛行機で行った方がいいよ。」

私は、彼のアドバイスに従い連泊し、翌朝、ニース空港からチューリッヒ行き飛行機でスイスに入りました。

その後、何度か単独で旅する折があり、夜行列車での移動も2度ほど経験しましたが、乗車前には、必ず彼の言っていたことを思い出していました。スリーピングカーやコンバートメントには入らず、シートを利用、それでも、私が日本人だと分かるとマークされているのは感じました。それゆえ、車内では一睡もしなかったのです。

ルーマニアで、将来ある若い邦人女性が不本意にも落命されましたが、海外での女性の単独行動は、必ず危険が寄り添っていると考えた方が良いように思えるのです。注意しても、し過ぎることは決してない気がします。

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中島和長のアートスタジオ 2011年 10年 09年 08年サロン・デッサン招待(パリ - グランパレ) 現代美術小品展(プジョー文化センター ル・カルドール画廊など) 1999年 NY 個展 1998年 パリ個展

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season's greetings

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Joyeux Noel et Bonne Année 2012

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at the Champs-Elysées

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Ho Ho Ho !

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オルレアン

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ジャンヌ・ダルクの生家とされる家は、以前は、極普通の建物でしたが、現在は、ジャンヌが実際に住んだ家のままに再現されています。

その当時は、木造建築であったことが分かりますが、筋交いが多く入っていることもあり、こうした様式の建物は、ヴァンヌなどでは、今でも見ることが出来るようです。地震がないということもありますが、堅牢な建物であるのかもしれません。

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オルレアンの教会のステンドグラスが、ジャンヌの物語を表現しているのは印象的でした。

教会の入り口で、ドアの開閉をして幾許かを得ている物ごいの男が居ましたが、大半の人は、当然無視しています。私は、ジャンヌのステンドを見た後ですから、帰り際に50セント・ユーロを彼の帽子に入れました。

「ありがとう、ムッシュゥ・・・良い1日を!」

そう言われて、悪い気はしません。

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オルレアンの町も、クリスマスの飾りつけがなされ、ジャンヌ像の周囲は出店が立ち並んでいましたが、この町を歩いて気づいたのは、私が知っている以前のパリのようにキレイで、道行く人達にも静けさと誇りがあるという事でした。

オルレアン行きの急行に、たまたま乗り合わせた、おそらく、この町出身のフランス人と観光途中で何度か顔を合わせることがありましたが、3度目に会った時は、彼の方から、「ボンジュール!」と、声を掛けてくれました。

昼食を町中のイタリアン・レストランで取り、フランス・レールウェイ・パスを持っているのですから、ここから足を伸ばせばいいところなのですが、食べ終えたらパリへ戻った方が良いように思えてきました。

夜は、また6時からパーティ・・・観光でのエネルギー消費はキツイ状況かもしれません。

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フォテーヌブローのカレー店

フォンテーヌブローを巡り、歩き疲れたこともあって、昼食を取るために城外へ出ました。

時計を見ると、正午をかなり回り1時近く、疲れているのも無理ない話でした。

この疲れを取るには何がいいか?と、歩きながら考えているうちに、インド人の経営するカレー・レストランが目に入って来たので、これには食欲がそそられ、早速入ってみることにしました。昼食の時間を過ぎているからか、店内には客らしい客はいませんでした。

「カレーを食べたいのか?」ウエイターが、そう聞いて来たので、「あぁ・・・」と答えると、直ぐにメニューを持って来ました。値段は、リーズナブルで入って正解!!日本にいる時も、インド人の経営する店ならば必ず注文する、お気に入りのマトンのカレーとナム、そして、ドリンクは昼なのでパナシェにしました。

まもなく、店内にスパイスの香りが広がり出したので、パナシェを飲みながらカレーが出てくるのが待ち遠しくなりました。

戸外を歩く人は殆どなく、それが、オフ・シーズンであることを語っている様でした。

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フォンテーヌブロー

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早朝に降った雨のせいで、所々にぬかるみがありましたが、それでも、パリに比べると空気が違うのが良く分かりますし、落葉の臭いも日本とは異なるのが分かります。
広大なフォンテーヌブローの森を歩いていると、さすがに1人では不安になり・・・ 途中で、城のある方へと引き返しました。

観光シーズンは終わっているのですが、パリからの列車はほぼ満席で、最初は、この時期でも、こうして皆行くんだ?と思っていました。

フォンテーヌブローの駅からは、路線バスに乗って10分ほど、途中で乗り込んでくる人もいるので瞬く間に、バスも満員・満席になりました。ところが、城の前の停留所に着くと、意外にも、そこで降りた人は10名足らず・・・ (他の人達は、どこへ?バルビゾンへでも向かうのでしょうか?バスでは、確か行けない筈ですが・・・)

とにかく、晩秋のフォテーヌブローを歩こうと、私は下車して城へと向かいました。

ところが、大半の人は、どう考えても城とは別の方向へ行くので、結局、何人が城内へやって来たのか分からなくなりましたsweat01

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吠えるような月

トゥールーズの駅で、私は仲間と別れ、最終のパリ行き夜行列車に乗り込んだ。それほど、混んではいないだろうという事前の予測は外れ、どの車両も、ほぼ満席の状態だった。ニースに、20年以上住んでいる高校時代のクラスメートを訪ねたとき、夜行でスイスへ抜けようとして止められたことを、私は思い出した。彼は、夜行列車内での置き引きは、日常茶飯事だからと言っていた。列車の中で眠ることだけは避けようと、その時、私は改めて思った。

トゥルーズ駅を発車してから、まもなく、車掌がチケットの検札に回って来た。私がバカンス・パスを提示すると、1つシートを隔てた向側のフランス人が、案の定、車掌に私のことを尋ねていた。車掌は、「あれは、フランス・バカンス・パスだよ。彼は、日本人だ。」と、バカ正直に答えていた。彼が以降、私が眠るのを待ち望んでいたのは明らかだった。車掌も面倒な事をしてくれたと、少し苦々しい思いだった。

列車は満月が白く照らす、月夜の中を、ほぼ同じリズムで走り、途中のボルドーでは時間調整のため一時間ほど停車した。

ボルドーを過ぎてからは、車窓の風景が様変わりし始めた。

月と大地の関係は、私の認識しているものとは明らかに異なっていた。月は、窓の向こうを目まぐるしく移動し、その様は、何か狂気に取り付かれてでもいるようだった。高緯度地方の夜の情景は、人が、同質化するに足りる穏やかなものとは趣が異なり、人と対局化しているようで、シューベルトの「魔王」が、この地であれば、かりに存在していても不思議はないとさえ思えた。

お蔭で、朝の6時過ぎにパリ・オーステルリッツ駅に着くまで、この幻想的な自然の動画に退屈することなく、眠ることすらなかった。

オーステルリッツ駅から地下鉄1号線に乗り、目的のホテルに着いたのは7時前で、チェック・インは無理だろうと思っていたが、「貴方は、とても運がいいね。中2階の部屋が空いているよ。運がいい・・・」と、レセプションの従業員が言った。私も、それには同意だった。部屋に入って直ぐ、私は眠ってしまい。気がついたら、午後になっていた。

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