シンガポール 2

昨日のことは、平和への道とは異なる側面をも、また浮き彫りにしました。

核を保有する国は、それまでの経緯を不問とし、対等に扱われ、持たない国は、同盟国であるにも関わらず粗末な扱いを受ける・・・ ( 米国は、一切支援しない。支援するのは日韓だ。彼らも分かっている筈だ。) それが、あからさまになりました。

今後、各国で核、もしくは、小型核保有への欲望が膨らむ事が懸念されます。

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中島和長のアートスタジオ 2017年 ガリレオ ガリレイ国際賞 18年 ~ 08年 Art Capital サロン・デッサン (パリ - グランパレ) 17年 F.W.A.F. 16年 15年 Art Expo ローマ 15年 NY Art Expo SAM 14年 ~ 11年(パリ ジヴェルニーなど) 02年 ~ 2000年 現代美術小品展(プジョー文化セ ンター ル・カルドール画廊など) 1999年 NY, 98年 パリ,  86年 ニース個展。 受賞15  個展21

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シンガポール

長兄の金正男氏が、隣国のマレーシア空港で殺害されたのは、まだ記憶に新しい昨年 2月のこと・・・

それを指示した人間が、シンガポールにおいて温厚な表情で調印に臨む姿に、どうしても違和感を覚えますが・・・

例え、それが表面上の出来事であったとしても、平和を手に入れるのは意外なほど容易く、トップの胸三寸であることを映像化し、世界に拡散した意義は計り知れないものがあると感じます。

ホスト国 ・シンガポールありがとう

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お粗末!

皮肉を込めて書いた、私のブログを読まれているとは思いませんが、何ともお粗末な行動ですね。

日本の議員が不戦の誓いを立てるのならば、ハワイ真珠港の式典に参列すること、それ以外では行うべからず!というのが本意なのですが・・・

反対に

開戦の誓いならば、現況では、当該社ほど相応しい所はないでしょう。

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ハワイ“真珠港”訪問

我が国が“不戦の誓い”をするのに、最もふさわしい場所です。首相のハワイ真珠港訪問は、今の不安定な国際情勢の中では意義のあることと思えます。

せっかく、政府専用機を飛ばすのですから、毎年、靖国神社へ参拝し“不戦の誓い”を心に深く刻んでおられる大臣、国会議員の諸兄も同行されたら如何でしょうか?

そうすれば国際的にも、今後は、堂々と靖国参拝が可能となるでしょう。

*ここでは敢えて“真珠港”と記述しました。日本で使われている「真珠湾攻撃」と、米国で言われる“真珠港攻撃”では、そのものの意味合いが異なっていると考えたからです。

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オーストラリア

あるいは、保守傾向の強いオーストラリア人は、未だに、米国のネオ・コンサバティブ以上に、密かに、反日感情を抱いているのかもしれません。

「そうりゅう型」の商戦は、そうした国へ向けてのビジネスだった事を、国として失念していた様に思います。

オーストラリアとの軍事演習という名目で、そうりゅう型の1艦 「はくりゅう」を派遣したのですが、これには、上手くしてやられた!という感を持ちます。

シドニー港に寄港中、先方の技術武官が乗艦することがあったと考えられますが、それが、オーストラリア軍関係者だけならば、未だしも、仮に、その中に、フランス人技師が混ざっていても、チェックしようがなかったと思わるからです。

売ることにばかり気を取られ、楽観論が優先し、国際政治の駆け引きに関して、我が国が疎いことが白日にさらされた気がします。

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どこへ向かいたいのか?

隣国国内での政権批判に関し、政権側が取るインターネット遮断処置を、私たちは異常なことと思います。

“放送局への停波命令” この考え方は、隣国の政権体質と同種同属と思われます。こういう思考が出来る方は、1941年以前の我が国に、お生まれになれば良かったですね。

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各国首脳に、広島・長崎への訪問を呼びかける前に

日本の首相が、不戦・平和への誓いを述べるに相応しい場所は、靖国ではありません。

世界の誰もが納得する、その場所は、現地時間12月7日にワシントンで行われる追悼式典に列席すること、そして、ハワイ・オアフ島アリゾナ記念館を訪問すること以外にないでしょう。

国連で各国首脳に、広島・長崎への訪問を呼びかける前に、これを行う必要がありました。

私達は、原爆投下に関しては、過剰なまでに反応し、今日に至るまで、投下した米国を非難し続けています。

その論調は、我が国は一方的被害者であり、その投下には全く関わりがないとでも言うようです。

果たして、そうでしょうか?

ハッキリしている事は、もしも、我が国がハワイ真珠湾攻撃を行わなければ、2つの都市に原爆が落とされる悲劇的事象は無かったという事です。開戦した国の責任に関して、大多数の日本人はルーズに過ぎる気がします。

原爆投下は、当時の我が国の政府にも多大な責任があり、それは、米国以上であると私には思えるのです。

先ず、開戦した国の責務として、真珠湾攻撃の犠牲者追悼式典に参加する・・・広島・長崎への訪問要請は、後のはなしです。それが、人としての手順を踏む事ではないかと思うのです。

(別時ですが、米国が原爆投下を予告なく行ったという誤解があるようです。当時の短波放送で、“都市の住民は気をつけろ、トーミク爆弾を投下する”と1週間前から予告されていたそうで、受信した海軍無線通信所では、アトミックのアが聞き取れないかったものの、内容は上層部に伝えましいたが、報告が生かされなかった事は、言うまでもありません。)

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最大のプレゼント

安保法案可決は、米国のため?という事が見えるようでした。

まもなく、米中会談が開かれますが、何時になく、米国は強気に思えます。今や、米国一国で、対抗可能なビジョンを描けない時代・・・法案可決を急いだのは、先週の、あのタイミング以外になかったという事でしょう。

国民のこと、自衛隊員の生命など2の次?!

この“最大のプレゼント”に対する、我が国への見返りは何でしょうか?

返礼が、楽しみです・・・

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日本の民主主義

“日本人は、血を流して民主主義を勝ち取った訳ではない、与えられただけだ。”と言われています。

それゆえ、国民も政治も、民主主義に関しては、未だに未熟な点があるように感じます。

大戦後、せっかく良いシステムである民主主義を得たのですから、それを育てて行くのは、私たちに与えられた使命かもしれません。

血を流さなかった私たちは、育てるための“汗”を流さなければならないでしょう。

野党が不甲斐ないというのは、私たち自身が不甲斐ないからです。批判されるべきは、私たち自身! 自己判断を放棄し、事前予測のままに投票する自分自身の行動でしょう。

国会が、民意を反映していないのならば、国会議員が行う国会内での投票を、民主主義先進国と同様に、完全な自主投票とし、党利党略での投票を違憲とするのが妥当と思われます。(党議拘束での投票・・・それは、ファシズムの名残りかもしれません。)

自由・自主投票とすれば、今よりももっと、議員は私たちの意見に耳を傾ける事でしょう。

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東条輝雄とは?

1941年の開戦時、彼は27才だったと思われますが、終戦までに1度も兵役には就いていないようです。

堀越二郎の、零戦設計チームの中で、機体の重量計算を主にしていたと言われていますが、それ以外は分かりません。

東条輝雄の名前が、再び登場するのは、戦後しばらく経ってからの事です。

1959年、後にレシプロ機であるYS-11を製作した日本航空機製造が発足しましたが、当初参加していた堀越二郎、菊原静男、土井武夫といった、日本を代表する機体設計士が、実質的な辞意表明をした翌年から、開発の中心となったのが東条輝雄でした。

その後は、三菱重工副社長、三菱自動車社長を歴任して、1980年代の前半には職務を退いたようです。

東条輝雄の実父が、靖国に合祀されたのは、彼の全盛期と重なるように思えるのですが、どうでしょう?

(一定の地位を得ると、多くの人は、その特権意識から、自身の家族・親族へ有形無形の利益供与を行いますが、日露戦争の乃木希典大将は、それが出来る立場であったにもかかわらず、しなかった稀有な人であると思えます。戦術家としての評価は低いのですが、その公平性に溢れた行動・マナーを、今日、学ぶべきではないかと思うのです。)

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