収穫祭

「アントワネット」という題名の映画が、今週末に公開される。

かって実在した、こうした故人の物語映像は、どこまで本人の実像と適合しているのだろうか?

翻訳を例に取ると分かりやすいのだが、10人の翻訳者が居れば、ニュアンスが微妙に異なる10通りの翻訳文が出来上がる。それと同様に、伝記物も解釈する人間のサジ加減次第で、同じ出来事が正にも悪しき事柄にも如何様にも変化する。彼女が、最後まで品位を保ち続けたという好意的な解釈から、自身の余りの無知により、過酷な状況に追い込まれ、断頭台に消えたという解釈まで、アントワネットに関しても諸説様々である。

映画が娯楽としての側面を持つ限り、本人に従って忠実に描かなければならない、という法則など無い訳であるから、今回の映画も、余り難く考えず、1つの解釈の事例ということで良いのかもしれない。 

その年・・・たまたま収穫祭と重なった日に、私が花束を持って、プチ・トリアノン周辺を訪れた時、祭日のせいか?珍しいほど沢山の人々が、繰り出していた。その理由を、同行してくれたパリの友人に尋ねたが、彼女自身も皆目分からない様子だった。東洋人が、花束を持っている事を不審に感ずる人は少なくなかったと思うが、こちらは、そうした憶測等どうでも良い事で、只々、前回訪れた時、雨にあった水車小屋の前で顕花を済ませ、一刻も早く立ち去りたいという感慨が、頭の中を占有していた。

3度目の、この日・・・収穫祭の名に相応しい見事な晴天で、彼女(アントワネット王妃)も機嫌が良かったのか?雨は降らなかった。ただ、プチ・トリアノン周辺は改修工事中で、水車小屋へと到る本の数百メートルの道は閉鎖されていて、延々と数キロに渡る遠回りを余儀なくされた。そして、道の最終地点が何故か水車小屋となっていたのも、奇妙と言えば奇妙な事だった。

ふいを衝かれ、動揺させられる様な事もなく、顕花も出来、先ずは良かったのだが・・・その日、同伴してくれたパリの友人の結婚相手の家族に一寸したアクシデントがあったのを、後日、耳にしなければならなかったので、やはり、ただでは済まない場所と再認識した。

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